共感性羞恥だと気づいたのは数年前!困ったことは無いから克服なんて考えもしない

腑に落ちるっていい言葉だと思っています。

ここ数年前まで、「みんなこんな感覚にならないの?」という疑問をきっかけに、自分自身が少数派ということに気づいたことがありました。

横並びや右を倣えが大嫌い、ウワサや流行に鈍感、ノリで行動なんてあり得ないという性格からに、ある程度は自覚はしていましたが(汗)

その気づいたこととは、共感性羞恥あるいは共感性羞恥心と言われる、心理現象と言いますか感覚、感情です。

どの程度のレベルかはわかりませんが、よくあるチェックリストなどで確認してみると、その傾向は強かったのです。

そこで今回は共感性羞恥について知りえたことをシェアしたいと思います。

共感性羞恥は克服が必要?

改めて共感性羞恥に関して検索してみると、

  • 共感性羞恥の原因
  • 共感性羞恥の克服

などの解説系は多くヒットするわけですが、克服する必要なんてあるのかというのが個人的な第一印象だったのです。

例えば、社内での上司から同僚への叱責の場面で、本人は全く関係ないのだけど、

  • 上司の大きな声
  • 対応する部下の声
  • 雰囲気

に居たたまれず、自分の仕事に影響するほど動悸や脂汗などの身体症状がひどいという場合は、カウンセリングは必要かもしれません。

たまたま筆者の場合は、

  • 気になる
  • 集中できない

ぐらいですから克服という概念すらありませなんでした。

程度を知るには、チェックリストが有効なのかもしれませんね。

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共感性羞恥の意味

共感性羞恥とは、

他人が恥をかいたり、非難されたりするなど、恥ずかしいと思う行動をしているのを見た時に、まるで自分のことのように恥ずかしくなってしまう心理

引用:マイナビウーマン

のことです。

共感性羞恥を「empathic embarrassment(共感的な困惑)」という言葉で初めて表した心理学者のMiller氏によれば、

人の行為を見て恥ずかしいと感じる情動

と位置づけています。

具体的には恥ずかしい場面、例えば、ドラマでの告白シーンや見つめ合っているシーンなどを見て、つい、顔を画面から背けたり、チャンネルを切り替えたりすることが該当します。

もし、自分に思い当たるフシがあれば、共感性羞恥の特性があるのかもしれません。

観察者羞恥もある

桑村幸恵氏の研究結果によれば、対象者の羞恥や共感とは関係なく、傍から見ている人が勝手に恥ずかしい感情を抱いているとのこと。

Miller氏の共感性羞恥とは、少し違いがあります。

これも例を出すと、友人4.5人でテーマパークに行き、そのうちの数名がはしゃぎすぎて転んでしまい、ポップコーンをぶちまけたとします。

自分はまだ購入途中で、たまたま目撃したとしましょう。

このような時に、

「ほらね、いわんこっちゃない・・・」

と、観察側でありながらもダメージを受けるわけです、共感力の高い場合は。

一方でポップコーンをぶちまけた側は、周囲から同情や否定的な目で見られていたとしても気づかなかったり、ハイテンションだからか案外ケロッとしていることも多いわけです。

同じグループとして恥ずかしくもあり、気まずくもあり、複雑な心境に陥ることが観察者羞恥の特徴と言えます。

これはもう観察者羞恥については、コントロールのしようがありません。

この観察者は今後、これをきっかけに二度と同じメンバーでテーマパークに行かないと、密かに決心している可能性もあります。

似たようなことが数回あると、その確率は高くなるのではないでしょうか。

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まとめ

「共感性羞恥だと気づいたのは数年前!困ったことは無いから克服なんて考えもしない」というテーマで、心理のひとつでもある共感性羞恥について書きました。

テーマパークの下りは筆者の体験談というわけではありませんが、仮に、似たようなことが起これば、同じ心境になっています。

ムダにテンション高い人が、シンプルに苦手という面は強いだけかもしれませんけどね(汗)

信用できないんですよ、落ち着いて行動できないのかなと思ってしまって。

参照

共感的羞恥と心理的距離

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