東京大学の創設者は結局いったい誰なの?京都大学や東京六大学のそれぞれの創設者について

東京大学の創設者は結局誰なのでしょうか?京都大学や東京六大学のそれぞれの創設者についても調べてみました。

東京大学の創設者

東京大学の創設者には、諸説あるようで、いったい誰が創設者なの?というところでもやっとしてしまいがちです。

というのも、東京大学には前身となる学校があり、それを東大とするかどうかというところで創設者の特定が変わってくるからです。

しかし、東京大学では、1877年を「大学設立」の年として公式に発表しています。現に今も4月12日は「東京大学記念日」とされています。となると、1877年時に東京大学とスタートした時点の創設者が、この場合東京大学の設立者というのが一番適しているかと思われます。

となると、1877年(明治10年)4月12日の東京大学設立時の旧東京大学法文理三学部綜理である加藤弘之(かとうひろゆき)氏が創設者となるでしょう。

加藤弘之氏は1836年8月5日(嘉永2年4月20日)に但馬国出石郡出石(現・兵庫県豊岡市)で生まれました。

若い頃から蘭学やドイツ語などを学び学門一筋で精進し幕臣となります。維新後は新政府に仕え、外務大丞、元老院議官、勅選貴族院議員などを歴任。

その後、獨逸学協会学校の第2代校長、旧東京大学法・理・文3学部の綜理を務め、のち帝国大学(現・東京大学)第2代総長も務めました。1900後年には男爵に叙せられ、華族に。

補足として、東京大学のルーツを遡り、創設者を徳川綱吉とされる場合もあることをお伝えしておきます。

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京都大学の創設者

東京大学同様、設立時の初代総長を創設者と考えると、京都大学の創設者は木下広次(きのしたひろじ)氏となるかと思います。

木下広次氏は1851年2月25日(嘉永4年1月25日)、肥後国飽田郡坪井(現・熊本県熊本市)生まれの、法学者、教育行政官、法学博士です。

第一高等中学校(東京大学教養学部の前身)校長や文部省専門学務局長を経て、貴族院議員も歴任しました。その後に京都帝国大学(京都大学の前身)の初代総長を務めましたが、1907には京大総長を依願退官し、同大学の名誉教授となりました。

東京六大学の創設者たち

では、東京六大学の創設者たちについてもご紹介しておきましょう。

早稲田大学:大隈重信(おおくましげのぶ)
慶応義塾大学:福沢諭吉(ふくざわゆきち)
明治大学:澁澤榮一(しぶさわえいいち)
法政大学:薩?正邦(さったまさくに)他
東京大学:加藤弘之(かとうひろゆき)※徳川綱吉とする説もあり
立教大学:チャニング・ムーア・ウィリアムズ

大学のそれぞれの成り立ちには様々なケースがあるため、ひとえに創設者と言い切れない場合が多々あります。また、法政大学のように創設者が一人だけでないこともあります。

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まとめ

東大や京大のような国立大学の場合、初代総長に任命された形であって、自費でその大学を設立したわけではありませんから、厳密には創設者とは言い切れないところもあるかもしれませんね。

反対に、私立の場合は、私財をなげうって学校を作っている場合が多いので、こちらはわりと創設者が明確なことが多いようです。

ちょっとモヤッとした感じは払拭できない結論となってしまいましたが、なんとなく経緯や背景などが理解いただけたらと思います。

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