渋沢栄一の前の家について「兜町邸」「深川邸」「飛鳥山邸」「中の家」などの邸宅について

吉沢亮さん主演で話題となったNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一。2024年度から使われる新しい1万円札の顔にもなる人物です。そんな渋沢栄一がこれまで住んでいた家である「兜町邸」や「深川邸」、「飛鳥山邸」、「中の家」などについてご紹介していきます。

渋沢栄一の前の家

埼玉県深谷市血洗島に生まれた渋沢栄一ですが、一橋慶喜に仕官した後、上京してからの住居は以下のように移っています。

1869年~1871年:湯島天神中坂下
1871年~1873年7月:神田小川町裏神保小路
1873年7~1876年8月:東京第一大区拾五小区海運橋兜町2番地
1876年8月~1888年12月:東京深川区福住町4番地
1888年12月~1901年5月:東京兜町2番地
1901年5月~1931年11月:東京府下北豊島郡滝野川村元西ヶ原(飛鳥山邸)

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兜町邸

まずはじめは兜町邸についてですが、兜町の渋沢栄一の本邸があった場所は、現在の「日証館ビル」が建っている場所になります。

1888年に日本近代建築の巨匠である辰野金吾の設計により建てられました。日本橋川沿いに建つベネチアン・ゴシック様式の建物は、当時かなりの話題になったようです。

1901年に本邸が王子飛鳥山に移ってからは、事務所として使用されていたようです。しかし、1923年の関東大震災で焼失してしまい、1928年に現在の日証館が建てられました。

日証館のエントランスには、渋沢栄一が日本経済の発展を祈念して佐渡から運び寄せたという巨大な縁起石「赤石」が飾られています。見学も可能ですので、ぜひ機会があれば覗いてみてください。

兜町邸
所在地:東京都中央区日本橋兜町1-10
アクセス:茅場町駅から徒歩5分、日本橋駅から徒歩6分

深川邸

深川の渋沢栄一の本邸、通称深川邸は、現在の「澁澤シティプレイス永代」というオフィスビルが建っている場所にありました。

「澁澤シティプレイス永代」に「澁澤」という名が付いていることからも想像できるように、この建物を保有・運営している物流会社「澁澤倉庫」は、渋沢栄一が1897年に創業した「澁澤倉庫部」がルーツの会社のようです。

二代清水喜助によって建てられた木造2階建ての深川邸は、1991年に青森県の古牧温泉敷地内へと移築されました。そして現在、清水建設の「潮見イノベーションセンター」に移築準備中です。

深川邸
所在地:東京都江東区永代2-37
アクセス:門前仲町駅から徒歩5分

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飛鳥山邸

東京都北区にある飛鳥山公園の一画に飛鳥山邸はありました。渋沢栄一が亡くなるまで暮らした旧渋沢庭園内に建てられたものです。

飛鳥山邸は「曖依村荘(あいいそんそう)」とも呼ばれ、家族と過ごす生活の場としても使用されていましたが、空襲で焼失してしまいました。

ただし、接客用茶室だった「晩香廬(ばんこうろ)」と、書庫だった「青淵文庫(せいえんぶんこ)」だけは焼失をまのがれ、今も当時のままの姿で残っています。共に国指定重要文化財となっています。

曖依村荘の跡地には「渋沢史料館」があり、渋沢栄一に関する資料を展示したり、関連イベントなども開催しています。

飛鳥山邸
所在地:東京都北区西ヶ原2-16-1(飛鳥山公園内)
アクセス:王子駅南口から徒歩5分、西ヶ原駅から徒歩7分
ホームページ:渋沢史料館

中の家

旧渋沢邸である「中の家(なかんち)」は、栄一が生まれ満23歳まで暮らした家です。現在は栄一の妹夫妻が明治28年に再建した主屋や土蔵が残されています。

見学はできませんが、栄一が帰郷した際に寝泊まりしたという十畳の部屋も残されています。

栄一の生家は養蚕や藍玉づくりをしていた農家だったので、養蚕農家屋敷の形をとどめた主屋や、藍玉の製造・貯蔵場などとして使われていた土蔵などを、中庭から見学することができます。

中の家
所在地:深谷市血洗島247-1
アクセス:JR深谷駅北口から徒歩約5分の仲町バス発着所より「渋沢栄一 論語の里 循環バス」で約28分、「中の家駅」下車
ホームページ:旧渋沢邸「中の家」

まとめ

渋沢栄一が幼少期を過ごした「中の家」や、晩年を過ごした「旧渋沢庭園」などでは、当時の雰囲気を味わうことが可能です。

テレビや本などではわからない渋沢栄一について、もっと知履帯と思った方は、ぜひ現地を訪れてみることをおすすめします。

そのうちに移築が完了したら、「深川邸」も見学できるようになるかもしれませんね。

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