スマホを見ながら食事する人はデートでも同じことをやるのか?スマホ依存が未婚を助長する
スマホを見ながら食事している人をみて、アナタはどう思いますか?
一部の人々は、スマホを見ながら食事をすることが不快であり、社交的な行為の一環として、スマホを置いて食事を楽しむべきだと考えるかもしれません。
また、スマホに夢中になるあまり食事に無関心になり、健康にも悪影響を及ぼす可能性があると主張する人もいます。
多様性とかいう、自分勝手とマナー無視、常識崩壊につながるキラーワードが蔓延っていることから、品のない行動でも受け入れなければならないことって増えている気がします。
多様性・・・ずるがしこいヤツほど都合よく使うし、ええかっこしいの気取り屋が好むイメージしかなく、大嫌いなワードです。
もくじ
賛成・肯定派の意見
スマホを見ながら食事をする人を受け入れている人もいます。
スマホを通じて情報やエンターテインメントにアクセスし、ストレスを軽減することができると考える場合もあります。
また、一人で食事をする際に、スマホを見ながら食事をすることで、孤独感を緩和することができるかもしれません。
といった主張をなさるのですが、実にくだらない。
食事時にストレスなんか感じないでしょ。
家族がDV染みて生活し辛いとかならともかく、一般的に、食事はリラックスするものです。
それでもリラックスできないのは、何らかの精神的な疾患が原因なのではないかと。
さらにひとりで食事が嫌なら、誰かを誘えよって話です。
孤独感の緩和や解消を無機質なモノに依存するなってこと。
そもそも孤独なのがコミュ障が原因だとしたら、根本的な解決が必要なのでは?
社交的な場でもながらスマホ
総じて言えることは、スマホを見ながら食事をすることは、
- 見た目がカッコ悪い
- 美味しそうに見えない
- 楽しくなさそう
- 料理が浮いている
という感じでしかありません。
特に社交的な場所でも、ながらスマホ族は遠慮がないものです。
状況に応じた態度や行動、判断ができないと、周知しているようなものですが、当の本人は判断力がないですから、そういうことすら感知できません。
社交的な場においての「ながらスマホ」について、他の人に不快感を与えるかもしれないという想像力すら働かないですから、人間性が垣間見えます。
スマホを置いて、食事を楽しむということは、体験できないままでしょうね。
子どもが外でゲームしているのと同じ
ながらスマホ族の大人は、外でニンテンドースイッチを持ち出して遊んでいる子どもと同じレベルと言えます。
TPOに関係なく、手放せないわけですから、これでは成熟した大人にはなれません。
大体、歩きスマホしている人が、何を見ているかと言えば、
- LINE
- YouTube
ぐらいなもので、しかも高尚な内容ではありません。
周囲は目に入らず、ひたすら狭い世界を見ているわけです。
これでは季節を感じたり、市井の状況やちょっとした環境の変化にも気付くはずがないのです。
そりゃニュースもチェックしないわけですから、優秀な人材なんて育ちませんよね。
だから、風情がないし、教養も得られないという負のスパイラルに陥ります。
AIが発達すると、そのような人物ほど、AIの尻に敷かれる人生が見えます。
デートでもながら族は全開
多分、ながら族はデートしても、食事中にチラチラとスマホを見ています。
気になって仕方がないわけです。
そういう相手とは、いち早く手を切ったほうが無難です。
アナタよりもスマホが命なのですから、付き合ったところで時間のムダ。
未婚が進むのは経済的なものという以前に、スマホが手放せない「ながら族」の信頼性も要因の一つではないかと考えます。
まとめ
「スマホを見ながら食事する人はデートでも同じことをやるのか?スマホ依存が未婚を助長する」というテーマで、スマホながら族について書きました。
シンプルに関わりたくないですね、スマホながら族とは。
以上です。